いつ頃からだろう、私は「空腹感」を失っていたようだ。私は昭和18年生まれ、戦後の食糧難の時代に育った。いつも「ひもじい」思いをしていた。「粟飯」や「サツマイモ」の一杯入ったご飯を食べさせられ、お正月や節句の白いご飯が嬉しかった。甘いものもなく、母が土間でサツマイモを一日中「ぐつぐつ」煮て「芋飴」を作り、熱いのをフーフー言いながら食べたのを思い出す。
そんな育ち方をしたので、出てきた食事を残さず食べる習慣がついた。腹一杯食べられる事が嬉しく、空腹に対する恐怖感を持ちながら生きてきたと言える。その結果は当然肥満になり、ついには糖尿病を発症する事になった。父母とも糖尿病はなかったので、そうした自分の食行動が糖尿病発症の原因になったと考えている。我々の世代には「自分は空腹ということを知りませんでした」「空腹感からものを食べた記憶は殆どありません」(人間失格 太宰治)という人は極めて少ないように思う。
ところで、1935年頃からの研究で、線虫、ショウジョウバエ、マウスなどで食事量を3割位減らすと寿命が1.5倍位伸びることが分かってきた。2009年には人間に近い「アカゲザル」の観察実験結果が発表され、成人したアカゲザルで、通常食群と食事3割減の群を比較すると、食事を減らした群の方の寿命が延び、癌の発生も減じ、全体として若々しかったという。どうも動物という生き物は食事量を減らした方が長生きするようだ。人という動物においてもおそらく同様と考えられるが、そういう実験は難しく十分確かめられていない。
こうした現象が起こる原因として、約10年前、ガランテ教授(マサチューセッツ大学)が発見した「サーチュイン」という長寿遺伝子が注目されている。サーチュインは空腹によって誘導され、増加するという。サーチュインは細胞の中のミトコンドリアの機能を高める。ミトコンドリアは体のエネルギー源となるATPを作り、その過程で体に有害な活性酸素が発生する。ミトコンドリアの機能が高いと活性酸素の発生が減少する。従って、サーチュインが増加するとATPが良好に産生され、活性酸素の産生が抑制されることになる。そんなことで、体が若々しくなり、寿命が延びると考えられている。
約400年前貝原益軒は「酒食茶湯ともに控えて七、八分にて、猶も不足と思うとき早くやむべし」と過食を戒めている。どうも健康に生きるためには「お腹が空いた」感覚を取り戻す事が大事なようだ。
平成23年6月28日
国立病院機構指宿医療センター 総合内科
中 村 一 彦






