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指宿 菜の花 通信(No296) 田舎医者の流儀(271)・・・墓じまい

 桜の咲く季節になり、国道3号線沿いは山桜が満開だ。農園に利休梅の白い花が咲いた。3年ほど前に植えた苗が私の背丈を超えるぐらいに成長し、今年は20連位の花が咲いた。気品のある白い花で、可憐で朝行って眺める楽しみがある。その前に植えた木は日陰のせいかあまり成長せず、花も咲かなかったが今年はかろうじて2連ほど咲いた。

 母が元気な間は田舎の墓は母がよく手入れしてくれていた。いつ行っても生花が飾ってありきれいにしていた。母が亡くなった後は親類の夫婦が墓掃除をしてくれていた。その夫婦が亡くなった後は、鹿児島にいる弟が定期的に行って掃除してくれていた。しかし、弟も高齢になり車免許を返上、田舎に行くのがままならなくなった。お墓の維持が現実的に困難になり、墓じまいして納骨堂に移行しようと考えたが菩提寺に納骨堂の空きがなくどうしたものか思案にくれていた

 お寺さんから連絡あり、新しい納骨堂が完成したので説明会があるという。3月中旬の日曜日説明会に出かけた。100名ぐらいの人が集まっており、需要の多いことが判った。説明の後納骨堂の分譲申し込みがあり、さっそく申し込みした。今後、墓じまいをしてお骨を納骨堂に収める予定だ。今後の作業は多く残されているが方向性は出たので、進めていきたい。懸案を解決する方向性がやっと出たのでほっとしている

 私が中学生の頃までは田舎では土葬をしていた。死人が出ると男衆が墓に行って土葬のための穴を掘り、女衆は集まって食事を作り葬儀の準備をした。準備が整うと旗を持ち隊列を組んで墓まで行って管を土中に埋めた。部落民総出の共同作業で死者を弔った。私もその現場にたびたび立ち会った。

 私は小学6年の頃、菩提寺・龍巌寺の住職にお経のあげ方を教わった。家や親類の小さな法事(?)は私が供養の御経を挙げていた。40分位かかるので、その間の正座が辛かった。今でもそのころの習慣で正座が出来る。家人は私の正座を見て良くできるねと驚いている。法事でお経をあげるとお菓子が出たりする。それが楽しみでもあった。

 最近はお墓詣りも年2回ぐらいになった。生花を買って行っても入れる瓶がない、汚れるのを嫌って取り外したようだ。お墓からは坊の岬と海が見える。この場に両親、爺さん夫婦などいつまでも眠っていたかったろうと思うが、かなわなくなった。ごめんなさいねと謝りたい。

令和8年4月3日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦