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指宿 菜の花 通信(No278) 田舎医者の流儀(253)・・・おいしい

 東京に住んでいる娘が帰ってきて、外食しようということになった、かねてから気になっていたきりたんぽ鍋を食わせるお店に行った。野菜中心の鍋に最後にきりたんぽを入れて頂いた、鹿児島でもこんな料理が出てくるのかと思いながら美味しくいただいた。おいしいものを頂くと嬉しいね。

 先日はゴルフに行き、朝飯を食べていなかったのでゴルフ場のレストランでトーストとコヒーを頂いた。トーストにイチゴジャムをつけて食べたらおいしかった。幸せな気持ちになってスタート出来た。空腹だと普通のパンなのに美味しく感じるという事かな。戦後の食糧難時代に育った私は小学生のころ、母がじゃがいもを茹でて熱々で塩をまぶして食べさせてくれ、とても美味しく頂いた事を思い出す。札幌での夜店の焼きトウモロコシもおいしかったなー。

 テレビを見ていると「何かをロに入れてウーンと目をつむり、やおら「うまーい!」とか、一口も食べていないうちにやたら「おいしい!」とか叫ぶタレントさん映像がやたら流れる。「おいしいもの」がそんなにあるわけがない。 一瞬で「うまっ!」とか「やば何かをロに入れてウーンと目をつむり、やおら「うまーい!」とか、一口も食べていないうちにやたら「おいしい!」とか叫ぶタレントさんの映像には違和感を感じるね。

 村田吉弘さん(京都料亭菊乃井主人)は云う。『全部食べ終わって、お箸を置いて、そうしてお茶を一服いただいて、ああおいしかったね、というのが、筋のいいおいしかったでしょう。何かをロに入れてウーンと目をつむり、やおら「うまーい!」とか、一口も食べていないうちにやたら「おいしい!」とか叫ぶタレントさんのおいしいはいかがなものかと思わざるをえない』。「お吸いもの」ならば最初に飲んだ時にちょっと薄いんちゃうかと感じるぐらいで、最後まで飲むとちょうどええなというぐらい、それを「良し」としたのです」と言う。

 我々でも経験するが、寿司屋に行くと最初から「この魚は瀬戸内の何とかいうところで獲れた……」とか、「山陰は何々港からの直送で」とか、地理の勉強会みたいな、情報てんこ盛りの話をする。そんなことは「この魚は、おいしいね。どこの?」と訊かれてから「どこそこの、何なにです」と簡潔に答えればいいんです。魚屋さんやないんやから。とにかく「講釈」が多過ぎる。料理より「講釈」が先に立つ。もう「講釈」はいいから黙っといてくれ、「講釈」を食べに来たわけやないぞ、という店がある。これも問題やと思いますね。

(ほんまに「おいしい」って何やろ? 村田吉弘著 集英社)

令和7年5月22日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦