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指宿 菜の花 通信(No277) 田舎医者の流儀(252)・・・詐欺師

 1917年11月、アメリカのニセ医者ブリンクリーは性機能低下に悩む38歳の農夫にヤギの睾丸を移植する手術を行った。2週間後農夫が満面の笑顔でやってきた,ブリンクリーは内分泌線移植の先駆者となった。加熱するマスコミは人類が生殖能力のみならず若ささえも手に入れるとば口に立ったと報じた。現在の医学常識では異種のヤギの臓器を人に移植しても生着しないし、ましてや何らかの機能を発揮するとは考えられない。

 しかし当時のアメリカでは「ヤギの性腺を移植した親は、普通では考えられないほど健康で機敏となる・・・新しい今生きて暮らしている人間に活力を与えるばかりか・・・その人間から生まれてくる赤ん坊の質も上げる。つまりドクタープリンクリーは、より優れた人間を生み出すことを可能にしたわけで、人類にとって最も重要な発見をした」(当時のニュヨーク市の某医師)と讃えられた。

 ブリンクリーのニセ医療と生涯戦い続けたフィシュベインは「ブリンクリーをはじめとする偽医者たちが宣伝する人工的若返り術などというものは現実には存在しない」「自然の摂理を打ち負かそうとして老いた男が金を使う・・・これはもう愚の骨頂である」「同じように奇跡の手術と称した精管結紮実施例が数百件も報じられているが、その中で患者に若いころの活力が戻ったという例は一つもなかった」と指摘した。

 本書を翻訳した杉田七重は次のように論評した。「今からちょうど百年前のアメリカで勃起不全に悩む男性を救うためにヤギの睾丸移植という画期的な手法を生み出して、巨万の富を築いた医者がいた。彼の挑戦は医療にとどまらず、草創期のラジオを商売や宣伝につかって大成功を収め、政治の素人でありながら知事選にまで出馬して人々の度肝を抜く選挙キャンペーンを展開するなど、まさに八面六臂の大活躍をした。その名はジョン.R•ブリンクリー。「極悪非道の詐欺師」の異名を持つ稀代の偽医者である。医師免許は金で買い、医学の知識は皆無。彼のクリニックで手術を受けて命を落とした人間、 重い障害を負った人間は数知れない。何しろ手術といっても、ヤギから睾丸を抜いて、それを人間の摩丸に入れた切れ目にぶちこんで、また縫い合わせるという、ただそれだけの処置なのである」。

 「そのような人物が、なぜアメリカでセレブリティのように扱われ、政治権力を握る寸前まで上り詰めたのか。その大きな謎に迫るノンフィクションが「ヤギの睾丸を移植した男」(ボーブ・ブロック著 図書刊行会)、原題はそのものずばり『charlatan (詐欺師)』である。トランプが大統領に就任した直後2017年と、再選失敗後も再挑戦に向けた動きを活発化させていた2022年に、本作を引き合いに出した記事がウェブに上がっている。いずれも、ブリンクリーとトランプ、両者の型破りな影響力と常識外れの方法で支持を集めるカリスマ性に注目。ブリンクリーがラジオをという当時最新のメディアを駆使して直接大衆に訴えかけたのと同様、トランプはSNSを巧みに 活用して支持者とつながった。民衆がカリスマに引きよせられ、社会が大きく揺れるという構図は 百年前と変わらず、現在も繰り返されているというのだ。歴史は繰り返されるという言葉があるが、そもそも人間の本質が変わらないのなら、同じことが 繰り返されるのは自然な成り行きだろう。ブリンクリーのような稀代の偽医者が成功した要因は、彼がいつの時代でも変わらない人間心理を巧みに突いたからだという。

令和7年5月16日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦