台風10号は当初、中部日本から関東方向に進むと予想されていたがどんどん西側に進み奄美大島の近くまで来て、やっと北寄りに方向を変えた。屋久島沖から東シナ海を北上し、枕崎の西を北上することになった。このコースは薩摩半島の南は最も強風を受けやすい、指宿も強風にさらされ、指宿医療センターは高台にあるのでまともに強風の影響を受けた。
鹿島院長によると「暴風域に入った水曜日の夜、新病棟4階の談話室海側の大きな窓枠が外れ、強風と雨が4階エレベーターホールに吹き込む災難に見舞われた。風速50m以上の風に窓枠が耐え切れなかったことが原因」という、「何故新病棟でこの事態になったのかを専門家に相談中」とのこと。 「病棟のど真ん中に台風の雨風が吹き込む前代未聞の状態で、事態の収拾に多くの職員が奮闘した。患者さんの安全、職員の安全、電カル機器などの保護、水浸しの廊下の保全、消防との連携など迅速で的確な行動に感心した」という。 「また、この時間帯に4病棟ではお産があり、3病棟では急性心筋梗塞の患者さんが急変し大動脈ポンピング装着も功を奏さず、心臓破裂で亡くなった。まさに急性期病院の現場そのものでした」という。
翌週、診察に見えた患者さんに聞くと多くの方から風が強くて怖かったと聞いた。台風慣れした当地の方々にもこの台風の風にはびっくりしたようだ。この時期、オクラの収穫時期であるが風で損傷を受け被害が大きかったようだ。屋久島では樹齢3000年と言われる「弥生杉」(高さおよそ26メートル、幹周りはおよそ8メートル)が根元近くから折れたそうだ。
私の自宅は町中にあり周りに家が立て込んでいるので、風もひどくはなかった。小山田の農園は大きな竹が2本庭側に倒れてきていたが大きな被害はなかった。しかし小枝や葉っぱが庭中に散乱し、その清掃に4日かかった。特にコケ庭への葉っぱ・小枝の散乱は厄介で、一つずつ手で拾わざるを得ないので手間ヒマがかかった。しかし、ごみを取り除くときれいなコケ庭が現れ、椅子に座って一人エツに入っていた。
台風はそのエネルギーのほとんどすべてを海から水蒸気という形で得ている。 海の温度が上昇するとより多くの水蒸気が台風に与えられることになり、その結果、台風の強度はより強いものになる、 すなわち地球温暖化が進むとそれだけ、台風の強度は強くなる。これは従来から言われていることであるが、今度の台風が迷走したことを専門家たちは温暖化で偏西風が北にシフトし台風が進路を抑えられたせいだと説明している。こんなことまで温暖化が引き起こすとは考えも及ばなかった。
令和6年9月11日
国立病院機構指宿医療センター 総合内科
中 村 一 彦






