大相撲夏場所は5月26日千秋楽を迎えた。3敗でトップに立っていた小結大の里(23)(二所ノ関部屋)が千秋楽も勝ち、史上最速となる初土俵から7場所目での初優勝を果たした。初日に横綱照ノ富士関を破るなど、終始力強い相撲を貫き12勝3敗での優勝であった。大の里の相撲はその恵まれた体力を生かし、前に出て圧力をかけ、押し切ろうとするとしているように見える。引いて勝とうとする意識はないようだ。日本相撲協会によると、ここ5年の幕内の決まり手の統計は「押し出し」が25.6%、次いで「寄り切り」が24.5%と押して勝つのが約50%である、大の里の決まり手は押し出し42%、寄り切り27%で69%、幕内の平均を大きく上回る約7割で押し勝っている。
先場所(春場所)優勝の尊富士は押し出しが43%、寄り切りが37%と実に8割が押し勝っている。この相撲スタイルが続く限り、更なる期待が寄せられる。期待された新大関琴桜は11勝4敗で終わった。彼は押し出しが23%、寄り切りが22%と45%しか押して勝ち切れていない、幕内の平均よりも下回っている。先代のように決して引かない相撲を取って欲しい、恵まれた体格と柔軟性があるので可能ではなかろうかと思われる。目先の勝敗にこだわり引いて勝つ相撲はファンの期待に合致しない。来場所はこの期待の3人がそろって出てくると思われるので楽しみだ。
私が大相撲に興味を持ったのは、千代の山、吉葉山、鏡里の時代からだ。彼らは1950年代初めに横綱になり熱戦を繰り広げた。私が10歳前後の頃で、相撲の実況放送(ラジオ)を聞き、新聞に載る解説記事に心躍らせた。特に吉葉山が勝った翌日の新聞は待ち遠しかった。新聞を読む習慣はこの頃に出来たのだろう。1955年代になると栃錦、若乃花の時代になる、強靭な足腰で強い四つ相撲で勝ち進んだ。1960年代は柏戸、大鵬の時代であった。私は一直線の柏戸の相撲が好きだった。柏戸は強かったけど「負けっぷり」も見事であった。大鵬は負けなかったなという印象だ、それにしても強かった。印象に残っている一番と言えば当時の横綱千代の富士と前頭一枚目貴乃花の一戦だ、この戦いに負けた千代の富士は引退を決意したと報じられた。
テレビ放送は1953年5月から始まったそうだ、私が10歳の頃だ。初めてテレビで相撲中継を見たのは何歳頃か忘れてしまったが、我が家にはテレビがなかったので隣集落に見に行った。我々の子供時代、野球、サッカーなど今風のスポーツはやられていなかった。もっぱら相撲が盛んであった、村の祭りのときは相撲大会が行われた。相撲の強い子は喧嘩も強かったし、子供社会のボスであった。一度は本場所を土俵の近くで見てみたいと思っている。いつか博多場所の相撲を見て、後でふぐ食べに行くと良いなと思うけどなかなか実現しない。
令和6年6月5日
国立病院機構指宿医療センター 総合内科
中 村 一 彦






