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指宿 菜の花 通信(No203) 田舎医者の流儀(178)・・・30年かかりました

 2022年3月18日、鹿児島医療センター循環器内科チームは「僧帽弁閉鎖不全症に対する経カテーテル的僧帽弁修復術(MIitraClip )を初施行した。」「僧帽弁閉鎖不全症に対しては薬物療法でコントロールできない場合、僧帽弁形成術や人工弁置換術など外科手術が行われるが、体力低下している方、手術による合併症リスクが高い場合は手術が出来ず、根本治療は困難であった。」「そこで2018年4月より国内で経カテーテル的僧帽弁修復術(MIitraClip )という新しい治療法が開発された。カテーテルを使用し開胸することなく、低侵襲に僧帽弁にクリップをかけることにより逆流を制御する方法で、外科手術に比し身体への負担が少なく高齢者や他疾患を有して手術困難例にも施行できる。」僧帽弁閉鎖不全症に対する新しい治療法である。

 鹿児島医療センターのチームは先進施設で十分な研修を受け、この技術を導入した。現在まで4例に施行、いずれも成功、近いうちに5例目を行うという。この治療には循環器内科医、心臓血管外科医、麻酔科医、心エコー医、臨床工学技士、放射線技師、生理検査技師、専門看護師のハートチームの連携が不可欠である。ハイブリッド型の手術場も必要である。様々な困難を乗り越えて本治療法が軌道に乗ってきていることを喜びたい。
(鹿児島医療センター鹿医セン便り Vol.193より引用)

 同チームは経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)も、2017年6月より鹿児島県で最初の症例を施行、開始から4年を経た今では年間100症例以上を施行、2022年1月13日には400症例に達し九州では2番目の症例数になったという。最近は人工透析患者さんへ施行も施設認定され、適応患者さんがますます増加しているという。この療法も外科手術困難例になされるので、患者さんにとっては朗報である。

 不整脈チームも高度のアブレイション治療、リードレスペースメーカー術、リード抜去術など九州でも有数の症例を行う組織に成長した。現在は症例が多くて施行までの待ち時間が長い悩みがある。更なる、体制強化が求められている。従来から行ってきた冠動脈形成術は難しい症例が増えているが、蓄積した技術で成績も良好である。急患対応も素早く、例えば急性心筋梗塞で搬入されてから形成術に至る時間も短縮し、心機能の保持に貢献している。

 私どもは平成4年(1992年)3月に国立病院南九州中央病院(現鹿児島医療センター)に赴任した。目的は鹿児島の循環器病の患者さんが治療のため小倉や熊本に行かざるを得ない状況を解決し、鹿児島で治療が出来る体制・技術を確立したいという事であった。一筋縄で出来る事でなかったが、我々のチームは出来ないことは先進施設に勉強に行き、着々と体制を整えてきた。幸いにして優秀な後輩が苦しいなかで研修を受けて帰ってきてくれた。今や鹿児島で出来ないで他県に行って治療を受ける分野は例えば心臓移植などの特殊なものを除きほとんどなくなった。

 私どもは平成4年3月に赴任したが、当時の南九州病院は世間では「なんちゅう(南中)病院」だと揶揄されるぐらいアクティビティが低かった。赴任して3日目に3人の患者さんを入院させたら、看護婦さんに大目玉を食らった。「心電図モニター、非常時の電気ショック装置もない。そんな病棟に循環器疾患の患者さんを入れて、事故があったら先生が責任を取るのでしょうね」と。会計に行って、これらの装置を買って貰えないかと相談したら、「予算がありません」と素気無く断られた。腹立たしかったので「訴訟になったら僕は患者側に立ちますよ」と捨てセリフを吐いて退散した。

 赴任時「君たちのカテーテル検査が出来る枠は週1例のみ、心エコーの検査枠は金曜日のみ」などの厳しい制限を受け、その契約書にサインさせられた。つまらない「いじめ」にあいながらも、我々には鹿児島で治療を出来るシステムを築きたいという大義があったので負けることはなかった。病院全体の改革を同時に進めながら、少しずつ仕事の出来る体制を築いて行った。

 私は赴任時48歳、今78歳なので30年かかって今の体制が出来上がったことになる。感慨深いものがある。この間の皆の努力に敬服するとともに誇らしくもある。臨床的なことはハイレベルでたいていのことが出来るようになった、これを維持するためには若手の人材が必要である。今の仕事の「論文化」などに取り組み、更にレベルの高い、若い人に魅力のあるグループに育つように現役の先生方に一層の努力をお願いしている。

令和4年6月22日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦